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バルセロナ、個の限界

2007年11月14日

barcelona etoo y entrenador.jpgウチェがいたら自分達が4対0で勝っていた。

どの選手が言ったかわからないが、バルセロナの選手がヘタフェ戦後にこぼした言葉を地元紙は大きな取り扱いではないが取り上げていた。この言葉にはどのようなことが隠されているのだろうか。世界でも指折りのFWを抱えながらも機能しないチームについての苛立ちか、それともただ単にロナウジーニョ、アンリ、メッシに対する不満なのだろうか。

きっとウチェがバルセロナにいて、バルセロナの3人のFWの内一人でもヘタフェにいたら、きっとヘタフェが現実の結果よりも差のついた勝利を収めていただろう。ウチェも良い選手ではあるが彼等3人はナイジェリアFWと同等それ以上の選手であることは誰もが認めるはずだし、チームの戦い方のコンセプトが同じものであれば得てして結果は似たものになるはずだ。

では、何故バルセロナはチーム力で劣るヘタフェに完敗したのか。それは単純に個の力ではなく組織としてバルセロナを上回っていたからだ。

個の力を過信してか、バルセロナは3トップを前線に貼り付け、彼等のタレントに頼るサッカーを今季は展開している。だが、そのサッカーでは相手に数的優位を作られた場合にはいくら世界トップクラスの選手たちとはいえ、守備を崩すのは難しいもの。組織のあいまいなサッカーをしているチームにはいざ知らず、ヘタフェや、ホームカンプノウなどで対戦したアルメリアのように総合力では劣るものの組織のしっかりしたチームの張った守備の網を潜り抜けることは都会の人並みで足踏みせずに目的地に着くのと同じくらい難しいものだ。

何故、そのようなサッカーをライカールトはここまで許していたのだろうか。推測でものを言うことになるが、守備から開放し前線に張り付かせ攻撃だけに専念させることでロナウジーニョ、メッシ、アンリのパフォーマンスが一番に輝くだろうし、それを観衆が望んでいたと思っていたからではないだろうか。だが、いくらすごい攻撃力の高い大砲をそろえていても、それは放たれてこそ意味があるもので、ライバルチームはその大砲が発射される前にそれを封じる手に出てきている。

昨シーズンまでの強いバルサではロナウジーニョやメッシももちろん輝いていたが、その裏でパスを供給していたシャビ、デコ、イニエスタも同様に輝いていた。だが、今シーズンは前線と中盤に大きな差が生まれており、以前のような組織で相手守備陣を崩すパスサッカーの姿を見ることがない。FWだけの単発の攻撃でなく押したたむように中盤から圧倒していたバルサのサッカーが消えてしまっている。

前線と中盤の選手の距離が遠いこと。celebracion de barca.jpg

これが、アウェーでバルセロナが苦しんでいる原因の一つだろう。選手個人の調子も関係するだろうが、今は前線で柱のようにピッチに根を張りボールを待つ3人と中盤の距離が遠いことが一番の問題だ。たとえロナウジーニョが調子が良くても2人のDFを抜くことがどれだけ難しいかはサッカーをやっている人間であれば良く分かることだし、分からないひとなら、ビデオゲームで2人の敵を抜くのがどれだけ難しいかで分かってくれるだろうか。


中盤が顔を出すことで相手守備もその選手のケアをする必要性にせまられる。つまり、前線にもスペースや余裕が生まれてくる。そういった動きが残念ながら今のチームにはない。

ヘタフェに負けたことから、ライカールト監督も現在のサッカーでは厳しいことを認め、戦術の変更を示唆し、3トップから2トップの変更を検討しているとのこと。4-3-3、3-4-3、4-4-2と選手の配置は特に大きな問題ではないだろう。大事なことは選手たちがお互いにサポートの出来るような形をとれるかどうか、攻守ともに気持ちよくプレーが出来るかどうかだ。幸い、バルセロナには他クラブがうらやむほどの選手たちが揃っている。レアル・マドリーとのクラシコをリミットに設定されたチームがどのような反応を見せるのか。期待してみてみたい。

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プエルタの残したもの

2007年08月30日

セビージャMFプエルタが22歳という若さでこの世を去った。ヘタフェ戦で倒れる前にも練習試合、練習で2度同じような症状を見せていたとのことで、タラレバは禁句であるがその時に心臓の異変が見つかっていればという思いは誰の心の中にも捨てきれずにあるものだろう。

途切れることのない3万人を超える人々が夜通しプエルタの待つサンチェス・ピスフアンに集まり、最後の別れを惜しんだ。もちろん、そこにはサポーターだけでなくリーガの各クラブを代表した多くの関係者も訪れ、その中には永遠のライバルであるベティスの姿もあった。

普段はいがみ合い、罵り合い、昨シーズンのダービーではサポーターの投げたペットボトルがフアンデ・ラモスの頭に直撃し、意識を失い緊急治療室へと運び込まれる事件もあった。幸いにもセビージャ監督の命に別状は無く事なきを得たものの、悲しいの言葉では終わらせることの出来ない結果になる可能性は十分に含んでいたものだった。

ただ、この日はその両チームがプエルタの名のもとにひとつになった。犬猿のなかであるホセ・マリア・デル・ニード会長、ベティス筆頭株主マヌエル・ルイス・デ・ロペラがどちらからというわけでなくお互い歩み寄り、抱きしめあい悲しみを分かち合った。

街の中ではユニホームの色は関係なかった。多くのセビジスタ、多くのベティコ、多くのサポーターが普段のライバル関係を忘れ、プエルタへの最後のコール、別れを送っていた。

プエルタはサッカー選手としてその短い選手生命の中で多くのタイトルをセビージャにもたらしただけでなく、人生をかけたプレーで人々の心が一つになれることを証明して見せた。

今、望むのは彼のこのプレーをいつまでも忘れないこと。ライバル関係の意味を履き違え、倒れた選手を「踏みつけろ」、「おまえなんか死んじまえ」といった人道に外れるようなことが起きないこと。それが現実になった時、失ったものがどれだけ大きいのか誰もがわかったはずだ。

再びスタジアムで悲劇が起きないように

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マドリーダービーが放映されなかった事の真相

2007年08月28日

利権争いをしている2つのスペインメディア製作会社の横暴によって世界中のサッカーファンがマドリーダービーを見ることが出来なかった。

これが今回のマドリーダービー(ラシン対バルセロナ)が放映されなかった理由だ。ヨーロッパをはじめ、多くの国で国技となっているサッカー。そのビジネスは日ごとに大きさを増し、テレビ放映権はそのサッカービジネスの中でも大きなコンテンツの一つとなっており、巨額の放映権を得ることによって、クラブに分配される資金も潤沢さを増し、その資金が元手としてチーム補強をするという良い連鎖がここまで形成されてきたものの、スペインではそのバランスが崩れ始め、クラブの放映権獲得のマネーゲームが起こり、今回の騒動へと発展している。

ことの始まりは何処からかは明確ではないが、その形が姿を現したのはスペインのメディア制作会社であるメディアプロが7月に09/10シーズン以降のプリメーラ、セグンダ全チームと放映権の権利獲得で合意に達したと伝えたころからだろう。

そして、リーガ開幕前数日前に、もう一つのメディア制作会社であるアウディオビスアルがメディアプロを昨シーズンの放映権譲渡額1億5000万ユーロのうち、5600万ユーロが支払期限を過ぎても払われないことから告訴の構えを見せ、両者の関係が修復の効かない状態と落ちて行き、27日現在ではメディアプロが1節の試合を無断で放送したことから賠償請求額は2億ユーロと跳ね上がっている。

ただ、これだけでは両者の関係が悪いことが分かるだけで、何故マドリードダービーが放送されなかったのかは分からないので、ここから説明したい。今シーズンのプリメーラ20チームのクラブの放映権を持っているのは3つのメディア制作会社で、その一つがメディアプロで、セビージャ、サラゴサ、アスレティック、ムルシア、ラシンの放映権を持っている。次にバレンシア、レバンテ、ビジャレアルの放映権を持っているカナル9、そして残りがSOGECABLE(アウディオビスアルのパートナー)である。

カナル9はメディアプロが土曜日に試合を放送することを理由にメディアプロに譲渡しているため、実際はメディアプロとアウディオビスアルの2社がそれぞれのクラブの権利を持っていることになる。そして、メディアプロは海外メディアへの権利販売権を1億5000万ユーロで昨シーズンアウディオビスアルと合意に達していた。

だが、メディアプロが支払い期間を過ぎても昨シーズンの残りの金額を支払わないことから、アウディオビスアルは支払いが終わるまで自社の持っているクラブの放送を認めないとけん制。

告訴されているメディアプロは支払いは契約どおりに行なわれていることを主張し、アウディオビスアルを無視したうえ、更に今まで暗黙の了解となっていた1試合の地上波放送を3試合(セビージャ対ヘタフェ、ムルシア対サラゴサ、バレンシア対ビジャレアル)放映しただけでなく、節を終える日曜日の試合として今まで地上波と共にPPVで見る必要のなかったアウディオビスアルグループのカナルプルス(デジタルコンテンツ)の時間にバレンシアダービーをあててくる決断を下した。

ここでマドリーダービーへと話が飛び火する。マドリーダービーを戦う両クラブの権利を持っているのは地上波放送を2つ増やされたことでPPV2試合を失ったアウディオビスアル。

彼等はメディアプロが下した決断に反撃をするために、サンティアゴ・ベルナベウへの海外メディアの取材を禁止することを決める。例え、メディアプロが海外への放映権売却の権利を持っているとはいえ、試合を放送するしないの権利を所持しているのはもちろんアウディオビスアルだ。

わかり図来かもしれないが、例えるなら、魚市場(アウディオビスアル)がマグロがあるのに売らないため、すし屋(メディアプロ)は客(各国メディア)にトロを握ることが出来ず、客はトロの寿司を土産に持ってくることを待ちわびている家族(視聴者)に持ち帰ることが出来ず文句を言われるといったものだ。

最後に1節を例に見ていくと、メディアプロが両チームの権利を所有するバレンシア対ビジャレアルや、同様にアウディビスアル両チームの権利を持っているレアル・マドリー対アトレティコ・マドリーは同じ制作会社のため放送に問題は起きない。問題が起きるのは両者が1チームずつ権利を持っているセビージャ対ヘタフェ、ラシン対バルセロナといった対戦であり、スペイン国内でも最後までもめたカードである。

また、海外メディアに関しては、メディアプロが権利を持っているバレンシアダービーなどは問題ないが、対戦カードのどちらかがアウディオビスアルが権利を持っているクラブであると今回のマドリーダービーのような悲劇が起こる可能性はとても高くなっている。

2節のカードを見ても、土曜の試合はメディアプロが権利を持っているサラゴサ対ラシン・サンタンデール、レバンテ対ムルシアというものとなっている。現在、ラシンとアスレティックがメディアプロとの契約を続けないことを明らかにし、メディアプロの権利取得クラブがセビージャ、サラゴサ、ムルシアの3チームとなるため、バレンシア3クラブの権利を持つカナル9も土曜日の地上波放送の実現の可能性が低くなることから、メディアプロとの協定を破棄する可能性が高いといわれており、メディアプロ、アウディオビスアル両者の確執は沈静化する様子を見せておらず、今後も視聴者が望むカードの放送が出来ない可能性を大きく秘めている。

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El Articulo de DAI FUJIMOTO vol.3

2006年01月31日

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「連勝記録の陰に隠れていたバルセロナの危うさ」

遂に公式戦連勝記録が途絶えたバルセロナ。今回、その記録を打ち破った輝かしい挑戦者はサラゴサだった。国王杯準々決勝ファーストレグ、ホームのラ・ロマレーダ・スタジアムにバルセロナを迎えたサラゴサは、エベルトンとディエゴ・ミリートという二人のFWの大活躍により4‐2で勝利を収めた。

バルセロナにとっては修正すべき箇所が多く、そして悔やまれるミスもあった。審判の恵みを受けてのPK獲得、それによる1点が無かったら、点差は3点となってセカンドレグでの巻き返しはほぼ絶望的になりかねないところだった。「運」が欠けていたわけではない。むしろ運があったから4点で済んだと言い切ってしまえるくらい、サラゴサ攻撃陣にチンチンにされた。

この試合バルセロナが向かえたピンチはほぼ二つに大別できる。1つは中盤でのプレッシャーが無くなり、サラゴサのパスの出し手(この日はMFカニがその大部分を占めた)がタイミングを見計らってディフェンスラインの裏にパスを出す。それにFW陣がタイミングよく飛び出しGKと一対一になるもの。そしてもう1つはサラゴサのカウンター攻撃から素早く両FWにボールを預けられ、DFと一対一の勝負を挑まれ、突破されるというもの。

確かに、この試合のサラゴサの攻撃は満点といっても過言でないほどのクオリティを見せた。特にエベルトンのスピードは、まるで普通の選手とはエンジンが違うかのようで、バルセロナのセンターバック、オレゲルやマルケスと比べれば、“超速”だった。

翌日のAS紙ではオレゲルとマルケスの評価はいずれも0と手厳しいものだった。しかし真に責任があるのはミッドフィールドから前の選手たち。彼らのディフェンスが杜撰だったから負けたといってもいい。確かに、1点を先制された後、チームが前がかりになるのは致し方ないことで、そこにはカウンター攻撃を受けるリスクが存在することは百も承知だ。しかし、それでも守備的MFに入る選手は常にカウンター攻撃に対してアンテナを張り巡らせていなければいけない。スタメン表を見れば、バルセロナはエジミウソン一人が中盤の底に入った形だが、イニエスタとファン・ボメルの二人を含め、バルセロナの中盤は目まぐるしくポジションを入れ替える。エジミウソン一人というより、3人の攻守のバランスが崩れたことが失点に繋がったといえる。

バルセロナファンがこの敗戦で思い起こしたのが、去年のチェルシー戦。あのときも先制点を奪われると、反撃に転じようとオフェンスに人数を投じたところを、逆に利用され速攻から立て続けに追加点を奪われた。そしてこの試合でも最初の3点が入ったのは、前半22、24、27分だった。わずか5分間の出来事・・・。

輝かしい連勝記録のもとで、これまではバルセロナが抱える問題点が見えなかっただけなのかもしれない。MFチャビは昨シーズンのチェルシー戦の後にこう語った。「とてもいい教訓になった。決して全員で攻めるなんてことをしてはいけないんだ。常に攻撃している時でも守備のことを考えていなければいけない。僕たちに欠けていたのはそういうことだ」。チャビは現在、怪我のためこの試合には出場していなかったが、この考えは彼個人が思っていたことではなく、今季のバルセロナがチームとして改善するべきポイントとの一つとしていたはずだ。

今シーズンこれまで、圧倒的な力で相手をねじ伏せてきたバルセロナ。サンティアゴ・ベルナベウでのクラシコでさえも0‐3で完勝してしまった。今シーズンの敗戦はシーズン前のスーペル・コパ、ベティス戦を入れても、このサラゴサ戦がわずかに3試合目である。リーガの順位表だけを見れば、15勝4分1敗、得点49、失点16とその力は疑いようが無い。恐らくこのまま2年連続のチャンピオンになることに、それほどの困難は付きまとわないだろう。しかし国王杯と、バルセロナの今季の最大の目標であるチャンピオンズリーグには疑問符がつく。すでに2点のビハインドを負ってしまってホームでの一戦を残すのみの国王杯は言わずもがなだが、同じくチャンピオンズリーグも足元が怪しくなってきた。

カップ戦を勝ち抜くためには、何よりも勝負強さである。それなりの試合数を戦うリーグ戦は、黙っていても一番優れているチームが凱歌を上げるが、勝ち抜き方式であるカップ戦は事情が異なる。そのいい例が、リバプールだ。去年のチャンピオンズリーグの優勝チームのリバプールは、昨シーズン、国内リーグ戦ではチャンピオンに輝いたチェルシーに勝ち点25差の5位に終わった。歴史を紐解いていけば、このリバプールのような例が稀有でないことは明らかだ。

先制されたときの戦い方を知らない−。バルセロナはここまで強すぎた。それ故、追いかける状況というものをほとんど経験していない。例え前半1分に先制されたとしても彼らはその2分後には逆転することを目指すかのような猛攻撃を仕掛ける。試合は90分、普通に戦っていてもバルセロナのオフェンス力ならいくつもチャンスを迎えられるはずなのだが・・・

バルセロナはそうした試合展開を読む力が欠けていると断定せざるをえない。試合展開を読む力というか、劣勢に耐える忍耐力といってもよい。勝ちに慣れすぎた彼らは、電光掲示板にバルサが負けているのを認めることに我慢が利かない。1秒でも早くその数字を逆にしたいと考える。それは弱点でもあり、しかし同時に素晴らしい勝者のメンタリティーでもあるのだが。

しかし、実は私はそんなにバルセロナのことを心配していない。なぜなら去年のチェルシー戦、そして今回のサラゴサ戦も共通して一人のプレーヤーが欠場していたのは単なる偶然ではないと思っているからだ。その選手の名前はデコ。ブラジル生まれ、ポルトガル代表の彼は、あのクライフをして「世界で一番サッカーの上手い選手」である。クライフは何もデコのブラジル仕込みのテクニックや、類まれなる守備力を評価して世界一の称号を与えたわけではない。そのポジショニング、そして「今何をしなければいけないか」を鋭く読み解く、試合の流れを読む力を絶賛したためである。

彼のシュートが、度々DFに当たりコースを変えてゴールに吸い込まれるのも、何回も続けばそれは「運」で片付けることは出来ない。「シュートを撃たなければゴールは生まれない」とは本人の弁だが、“積極性”というありきたりの言葉で彼のゴールを表現することはなんだか失礼な気がする。「いつ、どこで」シュートを撃つとゴールが生まれる可能性が高いか、GKやDFがミスをしやすいか、ということを驚くほど冷静に見極めるデコ。チームが僅差で勝っている試合終盤には、上手く相手選手のファウルを誘い、残り時間を潰すと共に味方のディフェンスラインの押し上げに貢献する。“狡猾”と表現されるほどのプレースタイルだが、監督にとっては頼もしいピッチ上の指揮官である。

奇遇にもチャンピオンズリーグ、ベスト8を賭けた戦いは、今年もバルセロナとチェルシーの対決となった。去年の借りを返そうと躍起になっているバルセロナの選手たち、その中にあってもデコの存在感は特別だ。「チェルシーと対戦したかったかだって。もちろん対戦したい気持ちはあった。でもそれは復讐という意味じゃない。そう考えれば、それは間違いだ。チェルシーという偉大なチームに挑戦できることが嬉しいんだ。僕はいつだって、挑戦することを愛してやまないからね」。

彼がいるのといないのとでは、バルセロナは違う顔を見せる。「ピッチ上の指揮官」が緑の芝の上でタクトを振るえれば、バルセロナが去年の二の舞にはならないだろうと私は確信している。

(文:藤本大)


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Articulo de DAI FUJIMOTO vol.2

2005年12月03日

監督を代えても歴史は変わらず

レアル・マドリーが監督問題で揺れている。マドリディスタ達は監督を替えろとフロレンティーノ・ペレス会長に要求し、ルシェンブルゴ現監督の後任候補にはベンゲル(アーセナル)やカペッロ(ユベントス)、モウリーニョ(チェルシー)等、錚々たる名前が挙がっている。

レアル・マドリーに監督交代論が出るのは、今シーズンこれで2度目。1度目はシーズン始まって間もない9月のこと。リーガの第2節、ホームでセルタに2−3で敗れると、チャンピオンズリーグのリヨン戦に3−0、そして第3節エスパニョールに1−0とまさかの3連敗を喫し、ブラジル人監督は窮地に追い込まれた。しかし、そこから軌道修正に成功し、リーガ4連勝を飾るなど一時は順位表のトップに躍り出た。それが今、状況はまるで時計の針が戻ったかのようになってしまった。

順位表を見てみよう。レアル・マドリーは下位に停滞しているのだろうか?いや、彼らは現在6位である。首位バルセロナとの間に勝ち点差6がついてしまっているのは痛いところだが、シーズンはまだ13節を消化したのみ。挽回のチャンスはいくらでもある。さらにチャンピオンズリーグに話を向ければ、マドリーは残り2節を残し早々とグループリーグ通過を決めた。初戦でリヨンに完敗を喫したときには、マドリーは予選突破をかけて最終節まで苦しむと予想されていただけに、この結果は及第点どころの話では無い。

客観的に成績を振り返って見る限り、監督の解任が必要な状況ではない。ではなぜマドリディスタ達は監督の更迭を望んでいるのだろう。そのキーワードは、お察しの通り“11月20日”である。その日サンティアゴ・ベルナベウはバルセロナの「支配下」に置かれた。フランコ独裁政権を機とする首都マドリーとカタルーニャ地方の戦い。両クラブはそれぞれの地方を代表する存在であり、レアル・マドリーとバルセロナの試合、通称クラシコにはサッカーの試合を超えた色々な歴史的ないきさつ、そして複雑な人々の感情が入り混じっている。負けられない試合であることはマドリーにとってもバルサにとっても一緒である。しかし、より負けられないのは圧倒的にホームチームである。

11月20日に行われたクラシコ、場所はマドリー、サンティアゴ・ベルナベウスタジアム。そこでマドリーは0−3と歴史的な敗北を喫した。ロナウジーニョが試合を決定付ける3点目を決めると、観客席からバルサに向かって拍手が捧げられた。それは自チームのふがいなさを皮肉る自虐的な意味よりは、遥か遠くに行ってしまったライバルが見せた素晴らしいプレーに対する純粋な賞賛だった。マドリーの敗戦を目の当たりにしたくない熱狂的なファンは試合終了前にスタジアムを後にし、残った数少ないバルサファン、そして敵、味方関係なく素晴らしいプレーは称えるという考え方を持った、よりニュートラルなマドリディスタだけがベルナベウに留まった。そう、そのときスタジアムに残っていた人たちは全員バルセロナのプレーに心を奪われた人たちであった。

翌日レアル・マドリーのMFグティは「一人のマドリディスタとしてあの光景は心が痛んだ」と語った。

完敗

そしてその試合は両チームの歴史に大きな跡を刻んだ。バルセロナにとっては、クラブ史上にいつまでも残るだろう輝かしい一日。マドリーにとってはクラブ史から消し去りたい、忌々しい一日。

もし今シーズン、レアル・マドリーが見事な巻き返しを見せてリーガを制したとしよう。しかし、それでもマドリーがカンプノウで0−3以上の勝利でリベンジでもしない限り、マドリディスタの溜飲は下がらないであろう。

しかし、マドリディスタもクラシコの敗戦の全責任が監督にあったわけではないことは理解しているだろうはずだ。あの時、ロナウドやベッカム、ジダンにグティなど中心選手たちが軒並み怪我上がりだったこと。監督が期待していたほどそれらの選手のパフォーマンスがトップフォームに戻らなかったことは事実である。そうした冷静な考察をすることが不可能になるくらい、ホームでバルサに0−3で負けるということはマドリディスタにとっては許しがたい出来事なのである。

クラシコ大敗から叫ばれているルシェンブルゴ解任論だが、今監督の首を代えても事態が好転するとは思えない。既にマドリーはブラジル人選手であふれてしまっている。ロナウドやロベルト・カルロス等、一癖ある選手たちを巧みに操るという点で、ブラジルで名声が確立しているルシェンブルゴに勝る監督はそうはいない。それでなくても、シーズン途中の監督交代は大きなリスクを伴うことは誰もが知っているところだ。本気で今シーズンの成功を狙うなら、ここまでそれなりの成績を残しているルシェンブルゴにチームを託すのが最も確率の高い選択肢ではないか。

マドリディスタは全責任をこのブラジル監督に押し付け、追放することで、クラシコではマドリーが負けたのではなく、監督で負けたと現実逃避し、“あの日”を歴史から消し去ることが可能と自己暗示をかけているのかもしれない。

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Articulo de DAI FUJIMOTO vol.1

2005年11月09日

8月末に始まったリーガも、先週末で11試合を消化とほぼシーズンの3分の1が過ぎたことになる。開幕前の予想と照らし合わせてみると、いつものように多くの驚きが秋の3ヶ月を駆け巡った。

順位表を見てまず目が行くのは、オサスナが首位にいるということ。牛追い祭りで有名な町パンプローナのこのクラブはメキシコ人監督ハビエル・アギーレに率いられ、8勝3敗と既に24ポイントを獲得している。先シーズン46ポイント、15位でフィニッシュしたことを考えれば、ここまでの成績は文句のつけようがないものである。オフェンス、ディフェンスどちらかが特別秀でているわけではないが、得失点差+5と接戦を制しているのがこれまでの好成績に繋がっている。

そしてヘタフェやセルタといった降格候補と目されていたクラブの奮闘振り。シュスターが指揮を取るチームは、昨季のレバンテといい開幕当初は調子がいいものの、節を重ねるごとに目に見えてその勢いが失速していくのはスペインでは誰もが知っていること。そうした懐疑論は存在するもののヘタフェが見せているこれまでの戦いぶりは、ヘタフェファンならずとも好感を抱けるもので、リキとグィサが織り成す魅力ある攻撃は他チームのディフェンスを悩ませている。

次にガリシアの雄セルタ。昨季2部降格という憂き目に遭いながらもわずか1年で1部に復帰。昇格を成し遂げたメンバーを中心に、さらにプラセンテ等の代表クラスの選手も獲得し、これまでのところ4位につけるなど充実した序盤戦を送った。

開幕前評価の低かったクラブが上位に位置するからには、当然期待外れだったチームが存在する。バレンシアとデポルティーボはインタートト杯、予選敗退という苦汁をなめたシーズン前からチーム状態を改善することは出来ず、中位をさまよっている。しかしながら両チーム共に、特にバレンシアはバルサ、レアル・マドリーに迫る戦力を保持しているだけに今後の巻き返しは期待していいだろう。

バレンシア、デポルティーボ以上に期待はずれだったのがアトレティコ・マドリーとエスパニョール、そしてアスレティック・ビルバオである。トーレス、ケズマン、マキシ、ペトロフと守備のリスクを恐れず攻撃的選手を多数スタメン起用し続けるビアンチ監督の選択には“アトレティ”サポーターも歓迎の意を表するものの、このまま結果が出続けなければより現実的な対応が求められる事となる。

エスパニョールは危惧されたUEFAカップとの連戦に苦しんでいる。今季は本当に残留が彼らの現実的な目標となるかもしれない。そしてバスクの名門アスレティック・ビルバオは最下位に沈んでいる。

バルサ、レアル・マドリーと並び、未だ2部に降格したことの無い名門中の名門。しかし今季はこれまで1勝4分け6敗と、遂に先日には監督の首が切られた。新しく就任したのはハビエル・クレメンテ。これでビルバオの監督就任は3度目と誰よりも濃いビルバオの血が流れているこの男にチームは巻き返しを託す。

2部降格を争うことになるのは、アラベス、カディスの昇格組に大久保が所属するマジョルカ、そしてオフェンスに深刻な問題を抱えるラシン。現在の状況を考えればエスパニョールとビルバオもこのリストに加えてもいいのかもしれない。

そしてスペインが世界に誇る2台巨頭バルセロナとレアル・マドリー。順位表に目をやればバルサが得点27、失点11、勝ち点22で2位、レアル・マドリーが得点22、失点11、勝ち点21で3位とほとんど違いは無い。しかし順位表では出てこないところで両チームには大きな違いがある。まず、バルセロナが豊富な戦力をフレッシュな状態で保つために、ローテーション制を敷いて主力選手の疲れを考慮していること。それに対してレアル・マドリーはジダン、ロナウド、バプティスタ、エルゲラが怪我をして、ベンチに座る控え選手はカンテラ(下部組織)の選手が占めるという状態である。

これまでのところ、レアル・マドリーは根気強く勝ち点を拾ってきているが、怪我人の大量発生は他の選手にもコンディション面で悪影響を及ぼしかねない。マドリーのスタメンを飾る選手たちは当然各国の代表選手級。代表戦とリーガ、チャンピオンズリーグとの掛け持ちでスタミナが切れるのは目に見えている。とは言ってもジダンを始め高齢選手を多く抱えるマドリー。これは想定できる範囲の事態だったと思うのだが。

さらにバルセロナは継続性というアドバンテージをもっている。ライカールト政権は3年目に入り、もはや選手監督間の相互理解は完璧といっても良い。交替選手の役割もしっかりと定められているし、チャンスがいずれ来ることが分かっているから控えの選手も士気が落ちることは無い。

一方ルシェンブルゴ監督も昨シーズン後半から采配を振るい選手のキャラクターを掌握し、選手も彼の戦術を理解しているはずだが、ロナウドの存在有無で途端に得点能力が落ちてしまうように個人の能力に頼る面が多くチーム完成度の面ではバルセロナに大きく差を開けられている。

現状を見れば今年もバルセロナが首位を独走してしまう可能性は少なくない。しかしながら、ここ10年間リーガにおいては連覇を果たしたチームが無いという事実はバルセロナニスタにとって忌々しいデータである。

奇しくも次節はサンティアゴ・ベルナベウでのクラシコ。この2強の直接対決では現在の成績やスター選手の存在は意味を持たず、“相手を叩き潰す”といったあくなき勝利への気持ちを持つことが試合を左右する。そしてその戦いに参加しているのはもちろん選手だけではない。スタジアムに集うサポーターも同じ気持ち、いや選手達以上に強い思いを込めチームを後押しする。ピッチ上では11対11と同じ条件とはいえ、そこにサポーターが加わるためホームチームが圧倒的に有利な状況であるのは言わずもがなだ

今回のサンティアゴ・ベルナベウ、間違いなくスタジアムは白く塗りつぶされアスルグラナ(紺とえんじ、バルサのニックネーム)にはブーイングが鳴り止むことは無いだろう。19日に行われるレアル・マドリー対バルセロナの伝統の一戦クラシコ。いえることは唯一つ、今季のリーガの行方を決める大事な一戦になるということだ。

(文:藤本大)

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